Page-8 (2000~   )
本項では2000年以降のAH-1Sの写真を掲示させて頂く。20世紀最後の年となった節目の2000年であるが、日本では小渕氏が急逝され森内閣となっている。日本の景気は相変わらず振るわず、百貨店そごうの倒産など良い話は無かった。しかし海外に目を向ければ、この年にアメリカではブッシュ(子)が大統領選を制し、ロシアではプーチンがエリツィンに変って大統領になり、台湾では国民党に変って民進党が初めて政権を取った年で、大きな節目となった2000年と言える。防衛関連の話題では、国内ではF-2戦闘機の量産1号機引き渡されたぐらいであるが、中国が軍事費を大幅に増強し始めた頃にあたり、この時期毎年前年比の数倍規模で増やし始めていた。2000年にはまだ日本の方が額が大きかったが、5年後にはあっという間に金額で抜かれる事となる。
↑ 北宇都宮飛行学校分校に飛来した八戸駐屯地の第2対戦車ヘリ隊所属のAH-1S/73423
↑ 2000年5月 下総基地で展示飛行をする木更津駐屯地から飛来したAH-1S/73420 20号機、当初北海道の部隊に配備された初期の機体である。各飛行隊は新品と古い機体が偏らないように、AH-1Sの移動を行って飛行時間等に偏りが出ないよう配慮していた。
↑ 松野主税氏が2001年明野駐屯地で撮影された第5対戦車ヘリコプター隊所属のAH-1S/73404 4号機。塗装が新しいように見えるが、オーバーホールを受けた後かもしれない。
↑ 2002年9月 三沢基地に展示された第2対戦車ヘリ隊のAH-1S/73462
↑ 2001年5月の岩国基地航空祭に展示された明野駐屯地の第5対戦車ヘリ隊所属 AH-1S/73492 92号機であり生産最終号機に当たる。
↑ 2001年5月の下総基地航空祭に展示された第4対戦車ヘリ隊のAH-1S/73412 12号機。た同じ千葉県内の木更津駐屯地から常連参加のAH-1Sは、この地で機動飛行など見事な演技を毎年披露していた。
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↑ 厚木基地での大先輩でもある大塚譲氏が2000年4月に霞ヶ浦分校40周年で撮影された分校所属のAH-1S/73475 75号機。エンジンカバーの文字が興ざめしてしまうが、シャークマウスはAH-1に実によく似合う。